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批判されるかどうかではなく、自分が望むかどうかを基準にしよう。自分の基準で決めて動けば、他人からの批判は気にならなくなる。



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批判されるかどうかではなく、自分が望むかどうかを基準にしよう。自分の基準で決めて動けば、他人からの批判は気にならなくなる。

■批判されることで失うものはほとんどない

世間が実害を被るような迷惑ごとを引き起こすとか、誰かを傷つけるようなことがあれば、そりゃ批判をされるというのはある意味当然のこと。

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同時に、批判とは異なる意見の表明でもあるわけだから、批判内容の正当性や良し悪しは別にして、批判をできることは社会としては健全の証ともいえるでしょう。


他人からの批判というやつは、別に悪意によってなされているものではない。むしろその人の善意であったり、その人の意見の表明ということに過ぎないんです。

だからそれは、ときに過ちに気づかせてくれることもあれば、ときに違う視点からの建設的なアイディアになることだってある。傾聴に値すべきと思うなら、たとえ耳の痛い批判だとしても聞けばいいんです。

とはいえ、やはり他人からの批判は、やはり気分のいいものじゃない。自分の考えや行動を否定されている気がするし、イメージもネガティブになってしまいそう。批判するくらいなら、褒めて持ち上げて欲しいと思うのが人情というものでしょう。

そうして批判を恐れる。だから他人の目が気になる。だから他人の言葉が気になる。その結果、思っていることが言えなくなる、やりたいことがやれなくなる。

自分のためじゃなくて他人のため。自分がそれを成し遂げる気持ち良さより、他人から批判をされないことが優先される。価値基準は自分が望むかどうかじゃなくて、他人に批判されないかどうか。

まあ自分で失敗を恐れて行動を躊躇するのは仕方ない。リスクとリターンを計算してみて、リスクという実害が想定されるものへの不安は誰にでもある。いやまあそれで不安に負けたら元も子もありませんが、躊躇する感情くらいはそりゃ誰にでもある。

でもね、他人から批判されることで、実害ってあります?ないでしょう。批判されて失うものや困るものって、実のところ何もない。

上でも言いましたがね、批判が建設的なものであれば耳を傾けて参考にすればいいだけのこと。過ちであれば真摯に受け止めればいいだけのこと。それ以外のことでの批判によって失うものなんて何もないでしょう。

いやまあ、自分の考えや行動を否定された気がして落ち込んだり、余計な一言を言われてムカっ腹がたって気分が悪くなったりする、くらいのことはあるでしょう。でも逆に考えればそれだけのこと。

ならば無益な他人からの批判は華麗にスルー。批判されるかどうかを、行動の基準に含めないことです。リスクに含めないことです。だって批判そのもので失うものなんてないんだから。

自分がやるべきことに集中するんです。実害のない余計なことに心を支配されないことですよ。

<参考過去記事>
今できることに集中して取り組めば、解決できない問題なんかない。自分の力の及ばないことをあれこれ考えるから、不安ばかりが大きくなる。

だいたい、自分でやろうかどうか考えてることってのは、これまでにさんざん考えてきたことですよ。時間も手間もかけて、ときには人の力だって借りることもありながら、自分なりに答えを探してきたことでしょう。

それを何も知らず、利害関係さえもない第三者が、その場のノリで好き勝手に横から口を挟むような批判を恐れてどうすんの。自分を信じればいいじゃないですか。

■批判者は自分の心の影

何もしていなければ、そもそも批判も何もされることはない。身の周りの他人のご機嫌とることを優先すれば、そりゃ確かに批判もないし、むしろ受け容れてもらえることのほうが多いかもしれない。

要するに、批判をされたり、他人から余計なお世話な無責任な意見を言われたりするってのは、何かをやってる証拠でもある。行動している。生み出している証明でもあるんです。

だって何もやってなきゃ何も言われないでしょ。ひたすら空気だけを読んで、そこに留まっていれば何も起こることもないですよ。

そもそも何かやってりゃ必ず誰かしら批判するもんですよ。良いと思うことやったって、どんなに私心なく世のため人のためにやったって、それを批判する人はいる。そしてその批判の数は行動の量に比例するんです。

極論ですがね。むしろ批判をされるほどに注目されるようなことを、やってるか考えてみりゃいんですよ。批判を恐れるより前に、注目されて批判をされるようなことをやってみればいいんです。

大きい小さいに関わらず、何かしらの結果を残している人を見てみればいい。どんなに素晴らしい結果を残していたってその批判者ってのは必ずいますから。

自分の過去を振り返ってみたってそうじゃないですか。何かをやってるとき、必ずそれを批判する人ってのはいたはずなんです。でも自分で決めて自分で納得する結果が出てれば、そんなもん気にならなかったはずですよ。

どんなときでも、何やっても誰であれ批判をされるし、されている。

それ気にするかどうかの違いですよ。もっと言ってしまえば、自分の周りに批判者が多いと感じる人は、批判者ばかりを気にしているだけのこと。要するにね、批判者を言い訳にしてるんです。自分が決めないやらない理由の。

繰り返し言いますがね。他人からの批判は実害ないんです。言われたところでスルーすればいいだけのことなんです。

それでも気になる。自分の周囲は批判する人ばっかりだ。だから自分は行動できない。決められない。そう感じることがあるならば、まずは他人からの批判云々よりも、自分の心がどこにあるかを考えてみたらどうですか。

<参考過去記事>
他人の言葉にはポジティブもネガティブもない。自分の心の状態が、他人の言葉をポジティブかネガティブに決める。

どっかで、批判上等。かかってきやがれ。そんなつもりで「えいやっ」と決めて動いてしまえばいいんです。すると実のところ批判なんか気にならなくなる。

それこそ批判は動いている自分を実感するための証として心地良くなる。その余裕が生まれるから、批判から建設的な意見を抽出して、耳を傾けてより一層新しいアイディアと行動に結びつく。

どうせ何かやれば、身近な誰か、それが家族や友人か会社の同僚かわかりませんが、全員が全員それに賛同してくれる人なんかいやしない。でも大丈夫。それで損することなんかないから。実害被ることもないから。

犬も歩けば棒に当たる。でも歩かなきゃそもそも何にも当たらない。当たるということは、動いている証拠ってことで気落ちするより、前向きに考えたほうが得策ってもんでしょうな。(^。^)y-.。o○

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小川 健次
1973年生まれ。
株式会社リエゾンジャパン 代表取締役
一般社団法人感覚刺激と脳研究協会 理事
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