■何かをやるのに誰の力もいらない
何かをやろうとしているときに、誰かの力を期待していると、結局何も始まらない。力を貸してくれる誰かを探しているうちに日が暮れ、時が過ぎ、気づいたときにはタイミングを逸してる。
だから誰かの力なんて期待すべきじゃない。期待するものでもない。
まずは自分でやることです。自分がやればいいんです。
あれこれ言ってても何も始まることなんてないですよ。っつーかそもそも、そんな口だけ番長には誰も力を貸してくれることはないでしょう。
それに、誰が協力者に相応しいかを考える前に、自分自身が誰かの協力者として相応しいかを考えたみたほうがいい。
求めるものがお金であれ、立場であれ、恋愛や人間関係であれ、自分で覚悟を決めて、自分で決断をし、自分の力でそれらを手に入れよう思わない人を協力者として認めてくれる人がいるかどうかを。
もちろんコトを成すには協力者が必要なのは当たり前。
しかしそれは、単に施しを受ける関係ではなく、共に有益である互恵関係でなければ協力者とはいえないでしょう。何のメリットも無い人と誰も協力者の関係なんかになりはしませんよ。
そのためにはやはり覚悟をもった決断。
誰かが助けてくれたらやる、それは何も決めてないのと同じこと。何の覚悟もありませんと言っているのと同じこと。
覚悟と決断によって裏付けられた行動があるからこそ、たとえ今の時点では結果が伴っていなくても、この人と協力者になりたいと誰かが思ってくれるもんでしょう。
なので、何かをやるのに誰の力もいりませんよ。
自分がやると決めて、自分でやればいいんです。ただそれだけ。それ以上のことはごちゃごちゃ言わない。ごちゃごちゃ言ってるうちに気も萎える。
そうして動けば誰かが認めてくれる。誰かが助けてくれる。少なくとも何もしないで誰かが手を差し伸ばしてくれるのを待つより近道。
もちろん自分で決めて動いたところで誰も助けてくれないこともある。それはそれでいいじゃないですか。最初から自分でやると決めてたんだから。とことんまでやればいい。
それでもよほどうまくいかなければ、手段方法を考え直せばいいだけのこと。
スタート地点は、どこかの誰かの協力の有無にあるのではなく、自分自身の心の中にしかないってことですな(^。^)y-.。o○
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