大きく考えれば、小さなことへの執着を手放し、幸福を引き寄せる。

自分から大切な人の力になろうとすれば、認められるし愛される。期待するだけで立ち止まっていれば、華麗にスルーされる。



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セントラルパークタワー・ラ・トゥール新宿1214
小川健次

自分から大切な人の力になろうとすれば、認められるし愛される。期待するだけで立ち止まっていれば、華麗にスルーされる。

■求めるだけでは何も返ってこない。

好むと好まざるとに関わらず、僕たちは自分一人では生きていけない。人と接するのが好きとか嫌いとか、孤独が好きとか嫌いとかに関係なく、これ皆同じ。

小川健次Blog

物理的な力という意味ではもちろんのこと、精神的にも一人は無理。だって、この地球上に自分一人しかいなければ、言葉はいらない。考えることだって不必要。

自分の立ち位置だってわかりませんよ。満足感といえば食って寝ることでしか得られない。何やったって誰からも認められない、誰を認めることもない。自分以外の比較の対象がないから、そもそも立ち位置なんかどうでもいい。

自分以外の誰かがいるから、他人から評価されたいと思える。誰かを認めたいと感じることができる。自分と他者の間で比較ができる。自分の立ち位置について考えられるし、そこに満足できたり、もっと頑張ろうという意欲が沸くというものですよ。

要するに、欲求の個人差はそれなりにあるにせよ、僕たちは生まれながらにして、誰かとの関係を維持していたいという本能的な欲求を持って生きているということ。

だから、他人とのつながりを感じられないと不安になるんです。自分という存在を誰かに認められていないと、いまいち心が落ち着かなくなる。極端に自己顕示欲の強い人に限らずとも、自分の存在を認めてほしいという欲求は誰にでもある。僕にもあるしあなたにもある。

会社や家庭、友人関係。いろんな場面でいろんな人と関わっている。人とつながっているのは物理的にも間違いない。なのにいまいち心が満たされない。どうもコミュニケーションが空回り。そこが自分の居場所じゃないような気がする。

そう感じるのは、自分の存在を認めてもらえているという実感がないときでしょう。自分という人間の価値が認めていられないような気がするときじゃないですか。

他人から自分の力や存在を必要とされているような言葉をかけてもらえない。価値ある人だろ期待を持ってくれているような接し方をされていない。なぜだか感じる疎外感。別に嫌われてるわけじゃないのに、問題があるわけでもないのに、なぜかホッとできない落ち着かない。

でもそれって周囲の人は悪くない。だってただ周囲の人に、自分の存在を認めてくれるよう求めているだけだから。自分がただ単に期待しているだけ。私を認めて!僕を評価して!私を相手にして!その期待は自分が勝手にしてるだけ。その期待どおりにならないからって他人を責めるのは筋違いでしょう。

だいたいね。期待するだけ、求めるだけで何かが返ってくるかといえば、何も返ってくるわけないでしょ、自分で何もしなけりゃ、そこにいることを忘れられるだけ。素通りされるのは当たり前。何もしてなきゃ何も評価のしようがない。

<参考過去記事>
相手の心を理解しようとする思いが、愛の見返りを引き寄せる。望まれない愛を押し付けるから、不安と心配を引き寄せる。

なぜだかとても寂しい。周囲に人がいるはずなのに、なぜだか疎外感を感じる。いまいち他人から受け容れられていない気がする。そう感じることがあるならば、他人の自分への接しかたにケチをつける前に、自分で自分のことを見直してみればいい。

そもそも、自分が周囲の人に対してどんな接して方をしているか、彼らに受けいれ入れてもらえるような関わりをしているか。認めてもらえるような態度でいるか。そこスルーして他人にとやかく言っても解決なんかしないから。

■まず自分が認めるから認めてもらえる。

自分は何もしないけど、私のことは認めてね。受け容れてもらうことを期待してるんだから、私を受け入れてよ。ってそんな無茶は誰も聞かない。聞かないどころか、そんな人への対応は、あ、いたの?くらいで話は終わり。

ずっと自分の手元にボールを隠し持っていたって、誰も投げ返しようがないでしょ。そもそもボールを持っていることさえ気づかれない。一回投げてみればいいんです。ちゃんと相手が捕れるところに。そうすりゃ相手もそれ受け取ってくれるし、投げ返してくれるんだから。

要するに、心の中で期待だけしててもしょうがないんです。まずは周囲の人、自分が関わる誰かのために、その人たちが喜ぶこと、その人たちの承認欲求を満たすことを実践すればいい。他人の反応はそこで初めて生まれるもの。そこではじめてあなたの存在に周囲が気づいてくれる。何もしなけりゃ何も起きない。まずは自分が動くことかでしょう。

周囲があなたの思いに気づき、考えを理解するから、他人はあなたを認めてくれる。受け容れてくれる。投げたボールが返ってくる。双方のコミュニケーションの歯車が合致するしそこでお互いが認め合える。

別に大きなことをやる必要なんかない。自分の身近なところで関わる人たちが喜ぶこと、笑顔になれること。それは小さな気遣い一つ。思いやりの言葉一つ。何だっていいんです。その人たちを認めている、評価している。そんな思いを言葉や態度、そして行動で示せばいいだけですよ。

ボールはそこで初めて返ってくる。そこではじめて存在感を認めてもらえる。っつーかそうじゃなきゃ何も返ってこない。

孤独感や疎外感を感じる、認められていない、評価されていない。そう感じるときは、自分がボールを投げているか考えてみる。ただ手元にボールを握ってるだけなら、相手も忘れる。悪気はなくても皆忙しい。皆いろんな人と関わってる。他から飛んでくるボールを取るのに夢中になって、あなたのことは記憶のどこかへさようなら。

環境が変わって、新しいチームやグループの一員になるときも同じことですよ。そのチームやグループが受け容れてくれるかどうかは関係ない。自分がそのチームやグループの皆のためにできることをやればいい。すると自然と存在を認めてもらえるし、受け容れてもらえるというもんでしょ。

大切な人から愛されていないのじゃないか。そんな不安を感じるときも、まず自分がその人にボールを投げているかどうかを考える。自分からボールを投げてないから存在の優先順位が下がるんです。それに相手に投げさせることばかり求めれば、いずれ相手も投げ疲れて面倒になる。

認めてほしい。受け容れてほしい。自分のほうを向いてほしい。そう思うなら相手がそうしたくなるようなことを、まずやればいいだけ。ホントは単純で簡単なことなんです。

<参考過去記事>
大切な人の幸福を優先するから、相手からも大切な人だと思われる。自分の幸福だけを優先すれば、めんどくさい人だと思われる。

逆の立場で考えてみればそうじゃないですか。単に認めて欲しいだけの人なんて面倒くさくて相手にしたくない。ただそこにいるだけの人なら、視界には入っても忙しいのでスルーが基本。

一方で自分のことを認めてくれる、受け容れてくれる。それを言葉や態度、そして行動で示してくれる。そういう人ならこちらも認めたいし評価したい、その思いを言葉や態度、そして行動で示したくなる。お互いがそう感じられるから、心が満たされる。愛されている実感を得られる。そこにいることにホッとできるし安心できる。

どんな小さなことでもいいんです。あなたができる範囲のことで構わないから、まずは身近な人が喜ぶこと、笑顔になれることを実践してみればいいんです。それだけで心が満たされますから(^。^)y-.。o○

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著者プロフィール
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小川 健次
1973年生まれ。
株式会社リエゾンジャパン 代表取締役
一般社団法人感覚刺激と脳研究協会 理事
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