【書評】アメリカで35年暮らした僕が、妻の田舎に移住して見つけた、人生でいちばん大切なこと
ハリウッドで映画プロデューサーとして飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍していた著者。さらに大きなアメリカンドリームを手にしようとした矢先、突如それを手放す選択をして宮崎県都城へ移住。その理由と、宮崎で見つけた大切なこととは。
著 者:マックス桐島
単行本(ソフトカバー): 264ページ
出版社: 実務教育出版
発売日: 2017/9/22
価 格:¥ 1,512
宮崎で見つけた大切なもの
本書の主題は大きく2つです。
第一に、神奈川県の葉山で生まれ、渋谷を庭に遊んでいた高校生の頃に、1970年に単身アメリカへ渡米。UCLAを卒業後、ハリウッドで俳優、スタントマンを経験。プロデューサーとして13作品を制作。35年に渡るアメリカ生活を送った後に、宮崎に移住したからこそ見えてくる、著者マックス桐島さんによる日本人論。
そして第二に、宮崎に移住するきっかけにもなった、奥様のこと。難病により、故郷宮崎での療養を奥様が選択するにあたって、マックスさん自身もハリウッドでのキャリアを手放してまで、奥様との宮崎移住を決意し、共に宮崎で過ごした日々について。
この二つのテーマを軸に、マックスさんが気づき、感じた、本当に大切なことが262ページに渡って語られています。
手放してまで守りたいもの
友人の家のガレージで、デスクと2台の電話だけでスタートした会社で積み上げた、映画人としてのキャリア。LA郊外の丘の上で、プール付きの家に住む生活までを手にしながらも、それをあっさり手放すということは、いくら愛する人のためとはいえ、カンタンではない。
そのときの心情については、本書でも正直に吐露されています。
築き上げた‘第一世代としての自分’が消えてしまうという現実。田舎暮らしという、人生の新たなステージに立つことへの不安と焦燥。顔で笑って心で泣く日々が続いていました。すっかりアメリカ人になりきっていた僕にとっては、まるで‘島流し’にされるような気分でしたが、その葛藤を愛する妻に見せまいとすればするほど、気分が重くなっていきました。
※本書34ページ
そして熟考の中で、マックスさんの頭をよぎったのは「大和魂」という言葉。その言葉の意味を考えたときに、マックスさんの思考は一つの方向性を示します。
「Me! me!(自分だけ!)」が先行する個人主義の国アメリカで、自己主張と自己達成を旗印に50代を迎えた僕が、葛藤の末に出した答えは「妻を思いやり、自分のことのように心を重ねて尽くす、ということ。
これが僕なりに感じた「大和魂」の形だったのかもしれません。
※本書40ページ
そうして自宅を売却。11トントラックに家財道具を積み込んで、夫婦、そして愛犬は、これまで何度も往復した太平洋を、片道切符で渡っていくことになりました。
見出した日本人の美徳
35年間をほぼ米国人同様に過ごし、それまで暮らしたLAを離れて、宮崎県都城市での生活。そりゃとまどいもあるでしょう。逆に言えば、発見も多くあるということでもある。
特にマックスさんが見出したのは、日本人の美徳。これまでは、「だから日本人は」と、つい祖国を卑下してしまいがちだった、米国人的なマックスさんの思考が、奥様からの言葉の一つ一つで、美徳に見え、そして誇りにさえ思えるようになっていきます。
風呂上りのリラックスタイムの突然の訪問、食事中に勝手にドアを開けて入ってくる親戚。最初は「なんて不躾な人たちなのか」と憤慨していた僕でしたが、またまた妻の一言で心持ちが変わりました。
「でもね、裏を返せば、それだけ‘心置きなく’付き合える人間関係が多いということなんじゃないの。服部君事件のような出来事は絶対に日本では起こらないもの。」
※本書77-78ページ
また、南国宮崎だからこそ味わえる自然との共生、そしてスローライフ。LAでの35年があったからこそ、見えてくる日本、そして日本人の素晴らしさ。そして、愛する人との心穏やかな生活。
そして訪れる別れ
帰国時の検査で、夫婦に告げられた奥様への余命は3年でした。
その後、闘病しながらも宮崎での平穏な日常は、11年を越える、その間にも、新たなに日本人としての自意識を育みつつ、奥様との思い出がいくつも積み上げられていく。
医学的な説明はつきませんが、故郷の空気、水、旬の食べ物、そして気心知れた家族や、一緒に育った従姉妹たちとのたわいもない会話と交流など、それらこそが、妻を勇気づけ、妻の生命力に力を与えたに違いありません。
故郷が、妻もを守ってくれているのでした。
※本書217ページ
しかし、別れはやってくる。それは2015年1月のことでした。
そして35年アメリカで暮らしたマックスさんが、奥様の田舎に移住して見つけた、人生で一番大切なこととは…。
愛溢れる一冊
僕が著者のマックス桐島さんと出逢ったのは2010年5月。前職で僕が編集長をしていた雑誌で、インタビューを受けてもらったのがきっかけでした。その後、詳細は省きますが、さまざまなプロジェクトで、お力添えをいただきました。ちなみに、僕が大きな影響を受けた人物として挙げる、お一人です。
さて、本書から徹頭徹尾伝わってくるのは、愛。著者による、奥様、都城、日本人、そして読者など。著者が関わるすべての人に向けられた愛。いや、愛と単純に言ってしまうのは陳腐な気もしますがね、懐の深さと言ってもいいのかもしれない。
単に小綺麗な、美談にもできたはずのテーマなんです。それでもあえて、著者の内面の葛藤、迷い、弱さをストレートに記述しているということは、それを正直に話しても大丈夫という、他者への信頼があってのこと。特に奥様への絶大なる愛がなければ、そうも言えないことでしょう。
文字通りmeからyouへ。そこにあるのは自分を飾ったり、自分の欲求を満たすことではなく、自分という人間が、どうすれば大切な人のためになれるか。それを心からそう思うことができるか。それすなわち、愛、もしくは懐の深さ。
大切な人を、本当に愛するということはどういうことか、実はとても単純なことなのかもしれません(単純だからこそ難しいのかもしれませんが)。本書を通じて、それがどういうことなのかがよくわかる。
それに何より、夫にそうまで思わせる、奥様が一番偉大。マックスさんを支え、言うなれば「マックス桐島」を作った、奥様が一番愛深き人なのでしょう。女の人は強い。
というわけで、マックスさん夫婦の愛を通じて語られる、さまざまなメッセージ。そのいちいちを、僕がここで偉そうに解説すればするほど、安っぽくなってしまいそうなので、あとは本書を読んでください。なお、涙もろい人は電車の中では注意が必要です。
本書を通じて、僕が見つけた大切なことは
男は女に生かされている。
ってことでした(^。^)y-.。o○