他人の言葉が影響を与えるのではなく、自分が他人の言葉をどう受け止めるかが影響を与える。
■何を言われるかではなく、どう受け止めるか
人の話しというのは、それがどんな内容の言葉であろうと、聞く相手の受け止め次第でその意味は大きく変わる。
言葉の意味があればまだマシなほうで、華麗にスルーしてれば、その言葉の存在すら無いのと同じ。
だから言ってしまえば、周囲の人が何を言ってるかなんてのはあまり関係ないんです。
周囲の人が言っている言葉を、どう受け止めるかによってその意味が違うのだから。
どうも周りが否定的なことしか言わない。
そりゃあんたが否定的な受け止め方をしているからです。
私の周りはポジティブな言葉しかない。
そりゃあんたがポジティブな受け止め方をしているからです。
もちろん、客観的事実として「できない」「無理」「だから駄目」等々の発話が多数存在するということはあるでしょう。
でもそれにしたって、解釈次第ですよ。
そういうことしか言わないやつらばっかりだから、余裕でトップをGETできるわー。
ここにいたら自分の思考まで否定的感情に侵されることに気付かせてもらえてラッキー。
など、多少無理筋な感じもしなくもありませんが、おかれている状況や環境、他人の発話の内容に右往左往するくらいなら、それを肯定的な解釈として受け止めるべき。
■言葉の受け止め方は行動次第で変わる
より救い難いのは、ポジティブな発話でさえネガティブに受け止めることです。
そうは言ったって自分には無理。
うわ、すげー皮肉だわー。
あんたはいいよねー。私はあんたと違うんだから。
これじゃ何言っても意味ありませんわ。っつーか何も聞かないほうがマシ。
それでもポジティブな言葉を求めってるのは、結局のところ、上っ面だけ綺麗な言葉や、ポジティブな言葉を見聞きして、その場限りの自己満足を得たいだけってことですわ。
そうは言っても言葉はイメージのきっかけになるというの事実。
だから言葉を選ぶ必要があるというのは大事な大事な前提条件。
<参考過去記事>
図解あり/言葉はイメージを生み出す。良いイメージを描きたければ、良い言葉を使おう
それでも言葉を否定的に受け止めていれば、想起されるイメージも否定的になる。
だから結局最後は行動なんです。
どんな場合でも自らが主体的に決めた行動をしているときは、すべての解釈が必然的に結果を求めて肯定的なものになる。
やると決めたことに集中していれば、どんな情報であれそれを自分で都合良く肯定的に解釈するんです。
逆にじっとして動かず、ただ言葉遊びだけをしていると、なんだかんだで余計なことばかりを考えて、結局動かない理由ばかりが先行し、肯定的な言葉も否定的な解釈になってしまう。
他人が何を言うかなんて関係ないですよ。
他人がネガティブだからと言ってるやつに何もしてないことがほとんどです。
まずは行動してみる。すると聞こえるもの、見えるものが不思議と肯定的に変わっていくもんですわな(^。^)y-.。o○