衝突を恐れるな。やり方を理解し合えなくても、志を理解し合えていれば、強い絆で結ばれた関係性は揺るがない。
■信念は貫く
目標なんて人それぞれ。生き方はもちろん趣味や趣向も人それぞれ。
だから身近なこと、直近の課題や問題に対する取り組み方、見方や考え方だって人それぞれ。
だからその一つ一つが正しいか誤ってるかなんてのは、その時点でしかわからない。正しさなんてその人の世界観の中で決まるもので、客観的な尺度で図るには結果しかないんです。
とはいえ、その結果に対しての評価にしたって人それぞれで評価は違う。試合に勝っても中身が無いから無駄だったという人もいれば、負けても意味のある負けなので価値がある。という人もいるでしょう。
まあこのあたりは、酒場で野球の配球談義や、サッカーのフォーメーション談義してるおっさんと同じで、何が正しいかなんてのは結果でしか示せないし、結果にしたって評価は人それぞれ。
つまるところ、最後は己の信じる道を行くしかない。自分がこれだと思う方法を採用するしかないでしょう。
それで信頼する人、大切な誰かから批判されてもしょうがない。だってやってみないとわからない。結果をみなけりゃわからないんだから。
言うまでもなく、建設的で傾聴に値する意見は参考にすればいい。それにしたって最後は自分で決めること。
一人で決められることならそれはそう。でも複数の人と協調すべきときや、合意を得なきゃならんときはどうするか。
同じですよ。自分の信じる道、正しいと思うことを貫き通すことでしょう。そのためには思っていることを遠慮せずに言えばいい。衝突上等。徹底的に議論すればいいんです。
<参考過去記事>
相手のことを想うからこそ言葉にできる。自分のことを守ろうとするから言葉にできない。
ただ重要なのは、そこに私心がないかどうか。チームの目標のため。メンバー全員の共通の目標を達成するための純粋な考えや思いにのっとったものかどうかでしょう。
■共通の思いを実現しようとしているか
手段や方法についての考え方は千差万別。みんなちがってみんないい。
でも皆での目標、そして志は一致しておかなければ着地点がわからない。そして着地点がはっきりしていれば、手段や方法での考え方に相違があっても少しくらいの衝突で人間関係切れることなんかない。
まあその場は決裂することもあるかもしれない。一時的には袂を分かつことになることもあるかもしれない。しかしいずれ必ず理解し合える。それが一切の私心のない言動だったのであれば。
一方で心のどこかにわずかでも、自分だけが有利になるように、自分だけは逃げ道残しておくように、自分の立場は守れるように。そんなよこしまな考えを持ってるから見透かされるんです。そんな空気が伝わるから思いが軽々しくなるんです。
<参考過去記事>
図解あり/相手のことを優先して考えれば、あなたの想いは必ず届く。自分本位の想いには応える理由がないから応えられない。
だから目標達成のための建設的な議論ではなく、自己保身のための感情的な単なる喧嘩になる。挙句の果てにはお互い人格攻撃までしはじめて、二度と顔も見たくないし係わり合いたくもなくなって、未来永劫さようなら。
結果はどうなるかわからない。だから目標は同じでも手段や目的について意見が割れる。衝突する。それはそれでいいじゃないですか。衝突するのもお互いが本気である証拠でしょう。
それでもお互いに私心がなければ、お互いの心の根っこは切れやしませんよ。むしろお互いが本気でぶつかり合うことで、つながりが深まることでしょう。
まあそのためには、そもそもお互いがどこを目指しているのか、何を得ようとしているのかというところでの前提が一致しているというのが、条件ですがね(^。^)y-.。o○