今は結果が出ていなくても、気にせず前進を続けよう。その経験が貯金になり、やがて利息が付いて莫大な財産になる。
■前に進もうとするプロセスが経験値を積み上げる
あれこれ動いているにも関わらず、思い通りの結果が出ないときはある。力を尽くしているにも関わらず、前進を実感できないこともある。
だからといって、諦めて放り出してしまえば、話しはそこで終了さようなら。そのことは夢見てた頃の昔の思い出話しになるだけのこと。
そりゃやってもやっても前に進んでいることが実感できないこともありますよ。
どんなことでもスタートはいいんです。最初だからどれもこれもが新しい。刺激も多いし自分が変わっていく、成長できることも実感できる。やって良かった、スタートして正解だった。そう誰もが思うもの。
とはいえ、それもある程度のところまで。積んだ経験の数に比例して新しい刺激も少なくなる。自分の成長も前進も、スタート直後と比べて鈍化しているような感覚になる。
だから、どうもうまくいかない気がする。やってても道が開けない気がする。モティベーションが下がってきて、結局それまでやってきたこと放り出す。
でもそんなこと関係ないから。スタート直後だろうが、ある程度経っていようが、行動してればそれは蓄積されてるし、その経験がやがて自分にとって大きな糧になるのは間違いのないこと。
そしてそうやって積み上げた経験という糧が、次へのステップのための大事な大事な要件の一つになるんです。
もちろん、論理的に考えて、そのままやっても無駄と思われること。そもそも手段や方法が間違っている場合もある。それはそれで、手段や方法変えればいいだけのことでしょう。別にそういう意味での選択肢を捨てるという意味じゃない。
<参考過去記事>
うまくいかなければ方法を変えるのも一つの方法。それをやめるのも一つの方法。
とにかく前に進めば積み上がる。止まっていれば何も積み上がらないし、放り投げてしまえばそれで終わりでさようなら。
積み上げ続けていればが、ある日突然それまでの経験が活かされて、道がドーンと開けることがある。そこからまた上昇カーブは急に上向きになることだってある。コツコツは勝つコツ。
過去の自分を振り返ってみればいいんです。自分が決めてやり続けたことは、今でも貴重な経験という糧、つまり財産になっているでしょう。そしてその経験を活かせたことはいくつでもあるはず。
■もっとも信用できる預金先
そりゃ何もしないで口開けてボーっとしてたら幸運が降ってきた、なんてことが起こればそれがサイコー。それが一番。
でも現実にそういう話しなんてないでしょ。仮にあっても間違いなく空想の世界の出来事か、奇跡レベルでの稀な話し。
だから、ちょっと前進を実感できない。結果が出なくてしんどい。そう思うことがあったとしても、そんな奇跡に期待して放り投げるようなことしないで、とにかくやり続けてみることですよ。
あきらめてブン投げて、運や奇跡という不可抗力や、周りの状況や環境、そして他人に身を任せてしまうのも、それはそれでいいのかもしれませんがね。それで期待どおりの結果になるなら。そしてそのプロセスで価値ある経験が積みあがるなら。
まあでも、日頃から淡々と継続した取組みをしていない人には、誰も力を貸すこともないでしょうし、そもそもチャンスを掴めそうな状況や環境に遭遇することもないでしょう。
結局はその人の継続による経験の積み上げが、一番の近道であり信用の証明にもなるってもんですわ。
だからと言って、上でも言ったように明らかに生産的でないことを継続したり、どう論理的に考えても未来のないことを、改善や改革も無しにバカの一つ覚えのように継続するのとは、意味合いが違うことなのでそこはバランスの問題。
確かに、世に一発大逆転というのは事実ある。が、それも内容をひも解いてみれば、チャンスがいつきてもいいように準備を怠っていなかった。つまり、やるべきことはやりつつもチャンスを虎視眈々と狙っていたからってことでしょう。
壁にぶち当たったからって、やるべきことから目をそらし、できもしない大風呂敷広げて夢想しているよりも、今できることを、やると決めたことを精一杯やるほうが早い。
<参考過去記事>
本当に集中すべきことに集中すると、気分が高まりヤル気も生まれる。無意味かつ無価値なことを気にかけていると、思考と行動が止まる。
宝くじ買うよりも貯金をするほうが投資効果が高いというのは、目標設定やその達成を考える上でも同様のこととですわな。
とにかく進んでみればいいんです。それが経験という貯金になる。そしてそれは大きな利息になって自分に返ってくるから。ときに壁にぶつかって少しくらい凹むことも、気が滅入ることもあるかもしれない。でも大丈夫。
だって預金する先が自分自身の潜在意識という、もっとも利回りのいいところなんだから(^。^)y-.。o○