人間関係で誤解が生じるのは、自分で自分のことを正しく伝える努力を惜しむから。
■他者を介するとリスクが大きい
完璧な人間なんてのはいないのは当たり前の話しで、誰にだって欠点というものは少なからずある。
まあ、そうは言っても、ほぼ完璧みたいな人もたまにはいますが、まれですよまれ。
だから誰にだって欠点もあるし、人には言えない事情や、表沙汰にしたく過去や隠し事の一つや二つはあるもんです。
ちなみに、僕も人には言えないことが・・・
ありすぎてどれが言えないことなのか最近はもうわかりませんがね(-_-;)
さて、欠点や人に言えないことがあるのは、まあしょうがない。それはそれ。
とはいえ、そういう事情というのが中途半端に人に伝わるというのは、好ましくない。
特に誰か第三者を通じれば、必ず事実と異なって尾ひれがつくから。
それに、そこに自分が立ち会っていなければ、弁解もできないまま欠席裁判。中途半端な情報だけで断罪されて吊るし上げられるから目もあてられない。
気がついたときには、大切な人からも白い目で見られ、周りからはヒソヒソやられる。
そこまで悪いことしてないにも関わらず、ただただ変なヤツ。悪いヤツ扱いで、名誉も回復させてもらえない。
極端な例かもしれませんがね。人の評価なんてだいたいそうやって決まってしまうもんですよ。
だいたい誰だって他人のことなんて無責任。
正確さより、わかりやすさや、面白さ。その人の利害関係に基づく立ち位置によって評価されてしまうもんです。
■自己開示を日常的にしていれば問題はない
自分にとってネガティブで、マイナスなこと、マイナスな評価になりそうなことについてを、わざわざ大っぴらにする必要はないですよ。
とはいえ、それが誤った伝わり方をして、事実とは異なるほどネガティブな伝わり方をするくらいなら、自分から先に大っぴらにしてしまうほうがいい。
特にそれが大切な誰かに対してのものであれば、人づてに聞かされるより、当人から聞かされるほうがまだ救いようがある。その場で弁解の余地も生まれるし。
結局、疑念や不安は当事者がそこにいないから生まれて増幅されてしまうもんです。
<参考過去記事>
図解あり/人間関係の不安と心配は放置しとけば勝手に消える。自分で煽らないガソリン注がない。
それ以前に、日頃から誰に対しても裏表なく接していることができればそれが一番ですがね。
すべての人に裏表なくというのが難しければ、身近な人、大切な人にはせめて正直に。
どうしても隠し事をしたいこと、言えないことは、墓場まで持っていくことです。絶対に何があっても表に出さないことです。
飲んだ勢いでペロっと喋ったとか、他言無用という約束で他人に喋ったとか、もう最悪。結局それが尾ひれのついた噂話しになって、大惨事を引き起こすんです。
だからそうなる前に、墓場まで持っていく覚悟ができないのであれば、大事な人、身近な人にはちゃんとあらかじめ説明しろくことですよ。
後で人づてに聞くより遥かにマシだから。
念のため言っておきますが、正直に告白すれば何をしようが何を言おうが許されるということではありません。そりゃ人としての常識の範囲内のことですわ。
まぁそういうことも踏まえて、日常的に自分のパーソナリティをできうる限り自己開示していれば、そもそもこういうリスクも存在しないわけですがね(^。^)y-.。o○
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